全国5カ所(2019年12月現在)に植物工場を持ち、完全無農薬の野菜を生産・販売している「株式会社バイテックベジタブルファクトリー」。事業の命運を掛けた新パッケージのブランディングにおいて、とある気付きが良い結果を生み出すきっかけとなりました。ブランディング成功の秘訣とは。
取材先プロフィール
株式会社バイテックベジタブルファクトリー
完全閉鎖型植物工場の中で、温度や湿度、光などの環境を人工的に作りだし、主に葉物野菜を生産する工場を展開。「Delicious Smile」(デリシャス・スマイル)ブランドとして会員制スーパー「コストコ」などで販売されているほか、大手カフェチェーンやレストラン、コンビニエンスストアのサンドイッチなどにも採用されている。親会社はエレクトロニクス全般を取り扱う株式会社レスターホールディングス(本社:東京都品川区)。2015年より新たな事業の取り組みとして、農業ビジネスに参入。
星野雄平さん
執行役員 営業部門 部門長。同社で新規ビジネスとなる植物工場事業の立ち上げから参画。パッケージデザインなど企業ブランディングを推進し、現在は営業部門の責任者。
植物工場の野菜にワクワク感を
近年、予測できない異常気象や人手不足など、様々な問題を抱えている日本の農業。そんな現状に変革を与えると期待されているのが、人工的な生育環境の下で野菜を栽培する「植物工場」です。中でも「株式会社バイテックベジタブルファクトリー」は日本最大の規模を誇るリーディングカンパニーとして知られています。
「私たちの会社以外も含めて、日本には200カ所以上の植物工場があります。最近ではスーパーなどで見かけることも多くなったと思いますが、『Delicious Smile』も当初はコストコさんで売り出すために作ったブランドでした」
その際、大きな課題となったのがパッケージのデザインです。コストコは外国商品も多く陳列されます。外国の派手な商品がダイナミックに陳列されている中で、日本のスーパーで見慣れているようなシンプルなパッケージは目立たないのです。
「植物工場の野菜って、鮮度や調理しやすいこと、苦みが少なく子供も食べやすいことなど機能性ばかりを意識したパッケージになりがちなんです。うちの野菜のパッケージデザインもブランディングをする前はそんな感じでした」
「もっと手に取る人のことを考えて、ワクワクするようなデザインにしないといけない」——。そう感じたことがパッケージのブランディングを依頼するきっかけだったといいます。
多くを語らず、本質を伝えるデザイン
ある意味、パッケージデザインが事業成功の鍵を握っているとも言える状況。デザインの本や、本場アメリカのコストコに売られている商品を見ながら星野さんが考えたのは、「機能性だけを打ち出すのではなく、単純に、美味しそう、食べてみたいと思わせるようなインパクトがありながらも、なじみやすいパッケージにすること」でした。
「その考えを基にして出来上がったのが、ロゴマークとして“スマイルマーク”を使った『Delicious Smile』です。最初はぜんぜん違うデザインが候補だったんです。でも、見ていくうちにスマイルマークがかわいく思えてきて。シンプルだけど一度見たら記憶に残るし、これなら子供にも大人にも印象に残るパッケージになるのではないかと」
一番こだわったのは、透明なパッケージを採用し、野菜の形や色をしっかりと見せることでした。
「植物工場野菜のメリットは、新鮮、安心安全、季節を問わず安定生産できる……と様々あるのですが、一番は、種まきから収穫までを室内で行い、さらに農薬不使用なため、洗わずにそのまま食べられること。その証拠として『Delicious Smile』には土や虫が付いていないし、鮮やかできれいな色をしています。だからパッケージは極力透明の部分を多くして、野菜がよく見えるようにデザインしてもらったんです」
実はこのデザインも、何度もアップデートを重ねた末にようやく辿り着いたもの。選ばれなかったデザイン案はたくさんあり、星野さんは、その選択にとても悩んだと言います。
「ブランディングをする中で苦労したことと言えば、“本当にこれでいいのか”
という悩みをどう払拭するかということです。かつて、悩みすぎて失敗したことがありました」
自分の想いを受け止めてくれるブランディング会社が必要
「Delicious Smile」が生まれる前の出来事です。当時、別のデザイン会社と商品のパッケージを製作しているときのこと。10パターンほど案を作った中から候補を絞るため、社員に広くアンケートを取ったのだそうです。
「今思えば、それが迷いに迷うきっかけとなってしまいました。いろんな人の意見を聞くと、いろんなものを採用したくなってしまうんですよ。いろんな人の意見を聞くことももちろん大事なことですが、それだけではなくて、『一番想い入れを持っている人が、これだと信じたもの(=軸)を持つ』ことが正解だと私は思うんです」
その上で、一番強い想いを持っているのは自分だと確信できるかどうか。事業をけん引してきた星野さんには、その自信がありました。今回の「Delicious Smile」が後に急速に全国へ広がっていることが、星野さんは間違っていなかったと証明してくれています。
「それができたのも、会社や自分の想いをしっかり受け止めてくれる、良いブランディング会社と巡り合えたからこそ。そうじゃなかったら、自分の商品やロゴに対する想いも中途半端なものになっていたと思います」
とはいえ、大きい企業になればなるほど自分の意思を通すのは難しいものです。
「一度は周りから怒られたとしても、自分にブレない軸と強い想いがあれば、いつの間にか周りに応援してくれる人が増え、ゴールに繋がると思います。ブレない軸と強い想いを確立させるまでに悩みぬく時間は、身を削るものがありますが(笑)」
“スマイルマーク”は「約束の印」
2016年には1カ所だった植物工場がたった3年で全国5カ所にまで広がり、植物工場事業のリーディングカンパニーとなった株式会社バイテックベジタブルファクトリー。今やその販路はコストコでだけでなく、大手カフェチェーンやレストラン、コンビニエンスストアなどにも拡大。よく街で目にするサンドイッチやサラダなどにも使われています。
ブランディングがその躍進の一助となったことは確かですが、今後、更なる成長が期待される同社において、どんな形でブランディングが力になることができるでしょうか。
「例えばサラダのパッケージに“スマイルマーク”がプリントされていれば、『Delicious Smile』の野菜を使っていることがひと目でわかりますよね。スマイルマークには、そんな存在になって欲しいと期待しています。食料ロスや農業の担い手不足、遺伝子組み換え食品など、世界中には食にまつわる問題がたくさんあり、今後ますます課題が増えていくことは明白です。解決の一翼を担う可能性が植物工場にはあります。そして、今後ますます存在価値が上がっていくはず。そうなったとき、『Delicious Smile』だから買う、と選ばれて購入いただけるような流れを作っていけたらいいですよね」
スマイルマークは、そんな星野さんの想いや会社の想いの代弁者であり、同時に消費者やクライアントに対する約束の印でもあるわけです。
「スマイルマークが会社のアイコンとなって、『私たちはこういう事業をやっています』ということを、自分たちが喋らなくても伝えてくれる。つまりブランディングとは、会社に人格を与えるようなことだと思うんです」
このスマイルマークを通じて、もっといろんな人に笑顔になってもらいたい。その実現に向けて、これからもブランディングを大切にしていきたいと星野さんは意気込んでいます。